10年前の私から、今の私へ。今の私から、10年後の私へ。

どうも暇人です。

タイトルにもある通り、今日はみんなのお題にもなっている

 

10年後のわたしへ「おたより」を

 

こちらのお題で今日は記事を書いていってみようと思います。

せっかくなのでお題に沿って

・10年前の私から今の私へ

・今の私から10年後の私へ

この2つで書いていこうと思います。

私の主観や個人の考えを書き記すような記事にはなると思いますがぜひ読んで見てください。

 

10年前の私から今の私へ

どうも、10年前の暇人です。

10年前の私から今の私へのお便りということですが、まずは今の私への率直な意見を話しますね。

思ったより人生順調ですね!

これは皮肉でもなんでもなく、本当にそう思っただけです。

奇譚のない意見ってやつですね。

正直10年前の暇人が想像していたよりも全然いい方向に人生が進んでいたので驚きです。

10年前と今の暇人の大きな違いとしては

学生か社会人か

ここがかなり大きいかと思います。

社会的立ち位置が大きく変わるほど10年という年月はとても大きいものだと痛感します。

まだまだ社会の厳しさも、ルールも分かっていない学生である10年前の暇人には、芸人になるという夢がありました。

「芸人になってビッグになってやる!」「吉本興業にはいってダウンタウンみたいになってやる!」

母親の影響で芸人が体張ってコントや、大掛かりの運動会をやるような番組をたくさん見てきたので、上記のような夢を抱いていたものでした。

あとは人に笑ってほしいという綺麗事のような夢も持ってますからね。

その夢も今の暇人はすっぱり諦めてしまったようですがね!

でも今の暇人を見ていたら、芸人の夢を諦めてしまったのも正解だったのかなとも思います。

だって、ビッグになんてならなくても、ダウンタウンみたいにならなくても、

今がとっても幸せそうですからね!

それに「人を笑わせたい」という夢に限っては、大勢の人ではありませんが、叶えることができてると思いますよ。

家族や周りの友人、そして大事な奥さんを笑わせている。

自分の周りの人しか笑わせてないと思うかもしれませんが、人を笑顔にするのって結構大変ですからね。

だから、それだけで十分です。

もう戻ることができない「今」を全力で楽しんでください。

最後にこれだけ伝えときます。

10年間元気に生きてくれてありがとう!

 

今の私から、10年後の私へ

ということで10年前の暇人からしっかりとお便りという名のバトンは受け取ったので、今度は10年後の暇人へバトンを渡そうと思います。

10年後の暇人へ。

おそらく今と性格が変わっていないだろうから、10年後もせっかちであろう暇人なあなたに先に結論から述べさせていただきます。

 

何が起こっても意外と乗り切れるはず

 

すごくふんわりとした返答ですが、これは結構核心をついた話だと思いますよ。

だって実際に今までの人生だって、いろんなことがあったけど乗り越えて来れたじゃないですか。

小学校から高校に至るまでの家族間のトラブル、コロナウィルスによる前代未聞の非常事態宣言、ロシアによるウクライナ侵攻、それに係る物価高騰や就職活動への影響。

他にも小さなトラブルもたくさんありましたが、なんとか乗り越えて今の生活を手に入れることができたんですよ?

今の暇人にも備わってる乗り越える力

きっとそれは10年後の暇人にもしっかり受け継がれているはずです。

もちろん10年後の暇人が苦労しないように、今の私も全力で頑張ってなんとかできるように頑張ります。

あとは一人でなんとかしようと無茶をしないでください。

暇人の悪いとこですが、一人で背負い込みすぎてはいけません。

周りを見れば暇人の味方がたくさんいます。

きっと彼らならあなたが本当に困っているときに助けになってくれるはずです。

明日のことすらもどうなるかわからないのが未来の怖いとこでもあり、いいところでもあると思います。

過去は変えられませんが、行動次第で未来というのは変えることができます。

だから、私は今を全力で頑張って、10年後の暇人に投資します。

今も10年後も楽しいことばかりではないと思います。

ただお互いにできることを全力で頑張りましょう。

以上、今の私から10年後の私へのお便りでした。

 

最後に

今回はお題に沿って記事を書かせていただきました。

当たり前の話ですが、私も、これを読んでくださっている読者の皆様も先のことがどうなるか、明確に読み取ることができる人なんていないはずです。

明日のことどころか、今日の晩ごはんがどうなるかわからない。それが未来というものです。

だからこそ、今を一緒に乗り越えましょう。

きっと厳しいことや苦しいことも多いと思いますが、大丈夫です。

人間とは元来、乗り越えることができる生き物だと、私は思っているからです。

 

今回はかなり真面目な記事になってしまいましたが、また次回の記事も読んでもらえたら嬉しいです。

 

それでは、さいなら

 

 

釣りにドハマリしてしまった話

どうも、暇人のsankenです。

 

前回の記事にもあった通り、7年ぶりの記事更新をしたわけですが、記事更新をしてなかった間にも、

ひじょ〜〜〜〜〜〜〜に濃い生活を送っていたわけであります。

 

今回はそのカルピスの原液より濃いエピソードの中から釣りにハマってしまったお話を書いていこうと思います。

 

釣りにハマったきっかけ

まずは釣りの沼にハマってしまったきっかけから話していくとしましょう。

私の友人にはそれはそれは釣りに傾倒している友達がいましてね。

その友人に釣りに誘われてしまったというのがことの始まりですね。

当時の私から釣りのつの字も分からないとんだド素人でした。

とにかく何もかも新鮮で胸が踊りました。

初めての釣具屋で初めて自分用の竿とリールを買いましたね。

釣具屋でよく売られているセットで2,000円とかの激安投げ竿セットでした!

これ以上道具が増えることもないだろうとたかを括っていたが、後々この釣りという趣味で大散財するのは、また別のお話...

 

初めての釣り、大格闘

自分の道具、釣り仕掛け、餌を買い我々は釣り場へと向かっていったのでした。

今でも記憶に鮮明に残っている、鳥取のどこにでもあるような漁港での初釣り!

岡山県に面している瀬戸内海とは違い、どこまでも広がる海、海、海!

日本海の雄大さを痛感させられました。

そんな海への感動も冷めぬ中、釣りの準備に取り掛かります。

竿とリールのセットをして仕掛けをセット!

真夏の暑さで、準備の時点で汗がじんわりと滲み、次第に頬を伝ってきました。

あとは餌をつけるだけ!

友達に餌の詳細とつけ方を確認...

私「餌はなによ?」

友達「青イソメってやつ使うンゴ」

私「どんな餌やそれ?」

友達「こりぇ」↓

 

※虫の画像があります。苦手な方はご注意ください

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

先程まで感じていた暑さもどこかへ飛んでいってしまいました。

暑さが飛んでいったはずなのに、またたらりと額から汗が流れ落ちてきました。

これを???今から私がこれをつけると?????

友達「素手無理なら虫掴む用のハサミあるで」

神か?????準備良すぎてむしろ怖いまである。

ちなみにですがこのアオイソメとかいうミミズもどき、ふっつ〜〜〜〜に噛んできます。

そんな得体のしれない生き物相手に格闘すること数分、なんとか餌を付けれました!

初格闘は魚ではなくイソメだったということですな。

そんな釣り初心者なら誰もがぶち当たる壁を乗り越え、いざ勝負!

胴付きの仕掛けを足元の海に落とし込む...

ここからは時間との勝負粘って粘って釣りにいd...

竿「ビビビビーン!!!!!!!」

早すぎん!!??!?

ビギナーズラックってやつか!

いざ、尋常に...

勝負!!!

 

※ここで記事をご覧になっている皆様へご報告です。

私、当時釣った魚の写真をちょうどこの文章ぐらいに貼り付けようと思ったのですが、当時の写真が理不尽にも消失していたため、当時釣った魚を持ち前の画力を活かした描いたイラストで代用させていただきます。なにとぞご理解の程よろしくお願いします。

よし!完璧なイラストや!!!

初勝負で釣れたお魚はベラちゃんでした!

ビギナーズラックもあったとはいえ、初めての釣りで初めて自分で釣った魚!

こんなにも嬉しいことはない!

せっかくならこのお魚を自分で食べてみたい!

私「この魚食べれる!!??」

友達「食えれんことはにゃいがサイズちせえから可食部が少ないかの」

こんな小さな命を食べようとするなんてなんて恥ずかしい!

だれだ!食べたいとか抜かしたやつは!

恥をしれ!!!!!!

そんな悶着もさておき釣れたことへの喜びは非常に大きい!

今でもその一連の出来事が昨日のことのように思い出すことができます。

 

まあその日は、このベラ以外何も釣れなかったんですけどね、読者さん

とまあ、この日を境に私はどんどん釣りにハマっていってしまいましたとさ。

 

結果として自分の趣味の一つに

前述にもありましたが、この日から釣りにドハマリしましてねえ!

大学生活の半分は釣りに費やしたと言っても過言。

ほんとにそのおかげで貯金が大変なことになったのですが、それはまた別の機会で記事にさせてもらうとしましょう。

 

長々と書いてしまいましたが、今日の記事はここまで。

また次回もお楽しみに。

さいなら。

 

 

 

 

 

 

 

7年ぶりだな…

どうも、暇人のsankenです。

新しくブログ開設しました!

 

...と言いたいところですが、タイトルにもある通り

7年ぶりのブログ更新です。

ええ、7年ぶりですよ。

7年の年月とは実に恐ろしいもので、当時大学1年だった私も気づけば立派な社会の歯車となってしまいました。

私がブログ更新に飽きて鬱蒼とした毎日を過ごしている間に世間ではコロナやらウクライナ侵攻やらいろいろな出来事が起こっておりましたな...

 

...さて、世間話はここまでにして、なぜ私がこのタイムカプセルと化したこのブログを再開したのか、このお話をしようと思います。

 

結論から述べさせていただきますと...

 

自分の楽しかったこととかを書き記したかったからです!

 

どういう理由やねん!といったツッコミが飛んできそうですが、まあちょっと待っていただきたい。

社会人として日々身を粉にして社会貢献している私ではありますが、お休みの日なんかはそれなりに遊び人でございます。

そんな遊び人として遊んだ記憶を何かしらの形で残したいという考えが強くなってきたため、改めてブログを再開しようと決意した次第でございます!

 

それやったら新しくブログ開設しても良かったやろがい!(ビシィ)

というご指摘もあろうかと思いますが、まあ待て、待て待てて。

最初はそのつもりでしたよ。というかこのブログの存在すらも忘れてましたよ。

はてなブログのページを開いたときに、7年前に解説したこのブログのことをまるで数年前のことのように思い出したんです。

 

私「このブログ再開すればよくね???」

ということもあって改めてブログ再開しました。

 

前は岡山の情報発信頑張るぞ!みたいなスタンスでしたが、ここからは心機一転、

私の日常や楽しかったことを雑記ブログ形式で書き記していこうと思います。

たま〜〜〜〜〜に岡山の情報も発信すると思うので、期待しない程度に楽しみにしておいてください!

 

それではまた次回の記事でお会いしましょう。

 

さいなら!

 

 

 

 

 

 

岡山のグルメ

  皆さんこんにちは。sankenです。ブログの更新を怠っていたら前回の記事から早くも2ヶ月以上たっていました…2ヶ月以上もブログの更新を怠っていたことを深くお詫び申し上げます。

  さて、時の流れは早いものでもう9月になったかと思えば本日秋分の日を迎えて、10月まであと少しという所まで差し迫ってきました。本当に時間が過ぎるのはあっという間です。夏は過ぎ去り季節はもう秋を迎えています。秋といえばよくスポーツの秋、読書の秋、そして食欲の秋などと言われます。今回は食欲の秋にぴったりな岡山のグルメや果物などについてご紹介したいと思います。

 

 

岡山の誇りともいえるぶどう

 やはり岡山といえばぶどうですね。これは絶対に外せません。岡山はぶどうの生産量全国4位で中でもニューピオーネの生産数は全国1位とまで言われています。いつかの記事でもお話しした通り岡山の気候は非常に温暖で土地にも恵まれており、果物を育てるにはもってこいの場所です。まさに果物王国といっても過言ではありません。そんな恵まれた環境で育ったぶどうといっったら…もう絶品中の絶品です!ぶどうの色つやもよく、一粒の大きさも見事なものです。実は私の家でもぶどうを育てていますが、ほかのぶどう農家さんにも負けず劣らずの一品です。そんな岡山の絶品ぶどう、一度でいいのでぜひご賞味ください。

 

スパイシーな風味が癖になる岡山名物エビ飯

 次にご紹介するのは岡山のB級グルメの一つでもあるエビ飯です。ご飯にエビなどの具材と一緒に油と一緒に炒めカレー風味のスパイシーなソースを絡めた焼き飯やピラフの一種です。エビや玉ねぎなどの具材とスパイシーな風味のご飯のコラボはついついおかわりを頼んでしまうほど病みつきになってしまいます。さらにそのエビ飯の上に目玉焼きを乗せるだけでよりおいしく召し上がることができます。おそらく最寄りのスーパーなどでエビ飯の素などが販売されているはずなので晩御飯のメニューにしてみてはいかがでしょうか?

 

濃厚みそだれと鶏肉のうまみが広がる絶品ひるぜん焼そば

 お次も岡山名物のB級グルメとなりますが、通常のソースと異なりリンゴやニンニク、玉ねぎなどを使用した濃厚みそを使用し、具材も豚肉ではなく鶏肉を使用した独自の焼きそばとなっています。岡山県民として大変恥ずかしいのですが、実はこのひるぜん焼そばを一回も食したことがありませんでした…つい先日このひるぜん焼そばを食す機会があったため実際に食べてみましたが、これも岡山のグルメにふさわしい最高のひとしなでした!ソースではなく味噌を使用していることもあって通常の焼きそばとは違いコクが深く少し甘みを感じる味となっていました。あと豚肉ではなく鶏肉を使っているため口の中でじゅわぁ~っと鶏肉のうまみが広がってくるのがよくわかります。こちらのひるぜん焼そば、結構簡単に作れるので一度作ってみてその味を確かめてみてください。きっとひるぜん焼そばのとりこになりますよ。

 

圧倒的具材の多さっ…!ばら寿司

 お次は岡山の郷土料理ばら寿司です。早い話ちらし寿司です。ですがこのばら寿司は具材の多さが尋常じゃないんです!写真がないので載せれないのが本当に残念ですが普通のちらし寿司と比べると圧倒的に多いです。なぜ具材が多くなったのかというと、時は江戸時代にまでさかのぼります。当時備前岡山の藩主が質素倹約を激励し「食膳は一汁一菜にせよ」という倹約令を出しました。そこでさすが岡山県民といったとこでしょうか、すし飯のたくさんの魚や野菜を混ぜ込み、そこに汁物を加え一汁一菜体制にしたのが発端らしいですね。そんなばら寿司ですが具材の多さもあってか様々な具材を一度に食すことの満足感もあり、これもおいしい一品となってます。ちらし寿司もいいですがたまには具だくさんのばら寿司もいかがでしょうか?

 

まとめ

 いかがでしたでしょうか?今回はご紹介した食べ物はごく一部ですが岡山には桃やぶどうなどの果物以外にもおいしそうな食材がたくさんあるということがご理解いただけたと思います。また岡山に旅行に来たとき、また自分で作ってみたいと思ったとき、ぜひ一度召し上がってもらえれば私もうれしい限りです。ただあまり食べすぎてちょっと顔がまるくなった…なんてならないように気を付けてくださいね(笑)それでは今回はここまで。もしよければ気が向いた時でいいので次の記事も読んでくださるとうれしいです。それではまた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

岡山のコスプレイベント

 みなさんこんばんはsankenです。ちょっと今回は私の友人に今日倉敷のほうででなんかコスプレイベントやっていたというお話を聞いて、僕も岡山県内でそんなイベントがあること自体知らなかったのでちょっと軽く調べてみました。本日二度目の記事更新になりますが岡山のコスプレイベント、「はれコス」についてほんの少し触れてみたいと思います。(またいつか機会があれば現地で取材してみたいかも…?)

 

 

 

 

開催頻度

 公式サイトで調べてみたところだいたい1~2か月ほどの頻度で行われてますね。(おおむね各月の第一または第二日曜に開催されるようです)結構な頻度でやってるから正直驚きました。せいぜい年2回程度だと思ってたんですけど、これかなりの頻度でやってますね。でも岡山って以外にもコスプレスタジオが結構あったり、倉敷の美観地区でもコスプレイベントやってるので案外コスプレ文化が根付いているのかも…?

 

開催地

 岡山にあるサウスヴィレッジで行われているようです。県内では結構有名で岡山の特産品などが売ってありますね。そういった場所で開催されてることもあってか毎回かなりの参加者が来られるようですね。友人もめちゃくちゃ人がいたといってましたし。いろんなアニメのコスプレをした人がいたそうです。詳細が知りたい方がいましたらtwitterで「#はれコス」で調べればいろいろ出てくると思うのでぜひ調べてみてください。

 

まとめ

 今回は友人がいい話を聞かせてくれたので急きょ記事にさせていただきました。正直驚きましたね。まさか岡山でこんなコスプレイベントをしているなんて知りませんでしたからね。次の開催予定は9月ごろなので、もし気になる方がいたら参加してみてはいかがでしょうか?私もちょっと気になるので余裕があればカメラマンとして参加したいと思います。それではまた次回の記事でまた会いましょう。

 

 

 

 

 

岡山の海

今週のお題「海」

 

 みなさんこんばんは。sankenです。今回は今週のお題が海についてかつ明日が海の日なので岡山の海について僕の思い出を交えながら話していきたいと思います。

 

 

初めての海

 僕が初めて海に行ったのは確か小学1年生ぐらいですかね。岡山県内でもそこそこ人が集まる牛窓といわれる地域の海水浴場に行きました(具体的な海水浴場名は覚えてないです…申し訳ない。)母と兄と祖父で一緒に泳ぎに行きました。今はどうかわかりませんが、当時そこの海水浴場は藻がすごくて幼い僕は足にまとわりつく藻におびえながら泳ぎました(笑)ただ、やっぱり初めての海ということもあって夢中で泳ぎ続けていましたね。学校のプールと違い狭い範囲で仕切られていないということもあってとても新鮮に感じたのを今でも覚えています。またいつかもう一度あの海に行ってみたいと今でも思います。

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確かここが僕が初めて行った海だと思います…

渋川研修での海

 次に思い出に残っているのは小学5年生くらいの時にあった岡山県玉野市のほうにある渋川海水浴場で何かしらの研修?じみたことをしたことですね。確かこの研修の目的としてはこの渋川で人と協力することの大切さを学びつつ、岡山の海を通して命の大切さを知ろう、みたいな感じだったと思います(もうだいぶ前のことなので結構あいまい)研修の内容としては、みんなで協力してシーカヤックを漕いだり、自分たちでイカダ?を漕いでみたり、地引網を引いて魚を取ったりととにかく海にかかわるようなことをよくしていましたね。中でも一番印象に残っているのは地引網ですね。引っ張ってる時は網が重すぎて死にそうな思いをしましたが、いざ引き上げてみると自分が見たことがないような魚がたくさんいて驚きました。岡山の海にはこんなにたくさんの魚がいるのか!と感動したことを昨日のことのように覚えています。渋川ではこういった研修ができるのはもちろんのこと、普通の海水浴場としても人気なので一度足を運んでみてはいかがでしょうか?

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こちらの写真が渋川の海です。結構きれいな海だと思います。

 

まとめ

 もう今年も7月の半ばまでぼちぼち海開きをする海水浴場も多いでしょう。岡山でもいくつかの海水浴場は明日にかけてから海開きするところもちらちらあると思います。海水浴は夏の思い出作りの定番といっても過言ではありません。岡山の海水浴場に来てくださる方も、岡山以外の海水浴場に行かれる方も熱中症などには十分お気をつけて、家族や恋人、友人などと素敵な思い出を作ってくださいね。それではまた次の記事でお会いしましょう

 

 

 

西日本豪雨から一年…

 みなさんこんばんはsankenです。長い間ブログの更新を怠ってしまいまことに申し訳ありません。今後は不定期更新でブログを続けていくつもりですが、今回のように長期間更新を怠らないよう努力いたしますので、今後ともよろしくお願いします。

 というわけで今回の内容はちょっと西日本豪雨から一年たったので当時の私の心境や、今現在の岡山はどうなのかということを交えて記事を書いていこうと思います。

 

 

当時の私の心境

 西日本豪雨の前日、私は学校の定期考査を終え家路へ向かう途中でした。やけに雨が強くなんか長時間にわたり降り続いていたのでその時の私は天気悪いなぁぐらいにしか思っていませんでした。おそらく私と一緒に帰っていた友人たちも同じくらいの考えをしていたと思います。翌日の朝。その日も学校があったので学校へ行く準備をしていたら友人から「今日学校休校らしいぞ」という連絡がありました。私の通っていた学校は暴風警報が出ないと休校にならない学校でしたが、この休校は大雨による休校とのことだったのでこれは結構やばいのでは?と思っていました。とりあえず外に出ることもできないので家で待機することに。自宅で待機しているときもすごい雨でした。もう心配で心配でたまりませんでした。しばらくしてからニュースを見てみると私は自分の目を疑いました。テレビの向こうに映し出されているのは川の水が氾濫し家屋が水に沈んでしまっている倉敷市の映像でした。中には屋根の上に避難して救助を待っている人の姿も見えました。行方不明者や死者まで出ていると聞き、目の前が真っ暗になりました。自分が住んでいる岡山県がとんでもないことになっているという気持ちと何もできないでいる自分が情けないという気持ちでいっぱいになりました。

 色々と長く書きましたが当時の私の心境は信じられない気持ちと自責の念でいっぱいでしたね。あれから一年たちますが時間の速さというものを身をもって感じています。

 

現在の岡山

 当時に比べてかなり復興してきましたが1年たった今でも仮設住宅に住んでいる方や自分の営業していたお店が営業できないといった方も多く見受けられます。仮設住宅の退去率も15%ほどとなっており、いまだに多くの方が自分の家に帰れない状況になっております。ですが周辺の地域の方や、地元の高校生などの協力もあってかだいぶ活気も戻ってきました。中には地元の人の応援もあって経営困難であったお店も営業再開できているというとこもあるようです。当時は豪雨の影響もあってかほとんど観光客のいなかった美観地区も今では観光客であふれています。

 

まとめ

 ちょっと久しぶりにブログを書くこともあって大変わかりにくい記事になってしまいました。本当に申し訳ない。今回の記事を書くためにネットで色々調べていて岡山にボランティアに来てくださった方が約100,000人いたそうです。この人数を見たとき感謝の気持ちでいっぱいでした。こんなにもたくさんの人が岡山に出向いて色々助けていただいたと考えるだけで胸がいっぱいです。ボランティアに来てくださった皆様、本当にありがとうございました。あれから一年たちましたが、まだ完璧に復興が終わったとは言えません。これからは自分にも何かできることはないか探していきつつ、何か力になれることがあれば積極的に力になっていきたいと思います。